丁度10年前。その2

バイトとして働いていた時の時給は5ドル50セント、それでもプロになる夢を諦めずにマイナーリーグに籍を置いたワーナー。
その夢を叶えるために練習や試合に精力を注いでいったことによって結果が付いてきます。在籍していた3年間の間2度に渡りリーグ優勝決定戦に出場、彼自身も2年連続最優秀選手に選ばれるなど、そのリーグでは有名になっていくのである。
そしてNFLの2軍的要素が強かったNFLヨーロッパのあるコーチが彼のプレーを見ることで、NFLヨーロッパに派遣できるようにと様々なチームにオファーをかけてラムズが彼と契約を交わしたのである。
NFLヨーロッパでも年間10試合も満たない公式戦でも十分すぎる結果を残し、ついにラムズの3番手であるが本格的に戦う場所をNFLに移したのである。
1年目は出場たったの1試合、11回投げ成功したのは4回だけと寂しい記録であったが彼の将来性を見てか、それまでの先発、控えとしていた2人のQBを他チームに放出、2年目から2番手に昇格することになったのである。
そしてそこから急激に歯車がかみ合っていくことになる。プレシーズン(オープン戦)にてエースQBがシーズン全休するまでの怪我をしてしまい、必然的に彼が先発QBに昇格したのである。
その時誰も彼のことを重要視する人もいなく、単純に怪我の為に先発QBの地位が転がり込んできたQBであると思っていたのかもしれません。
しかし彼は開幕戦から豪腕が炸裂し、開幕から6連勝を重ね一躍地区首位だけでなく、リーグを席巻したのである。
最終的には成功率65%強、更ににタッチダウン数も41で1位になりリーグMVPを獲得をするのである。
その時も彼の生い立ちを調べることで、そこで見られる光景が映画やドラマでなく、現実であることに更に「アメリカンドリーム」を彼に重ねて見ているようであった。
第34回スーパーボウルでは前半でタイタンズ相手に9対0でリードしながらも最終Q、残り2分少々で同点に追いつかれる展開。これで勢いはタイタンズが持ち、このまま延長戦まで進むのではないかと誰もが思っていたのだろう。しかし彼はその直後に73ヤードの決勝TDを炸裂させる離れ技を見せて彼自身の夢を実現したのです。
しかし彼の戦いは始まったばかりである。

えっとですね。書いていたら思いの他長くなってきています。次回で一気に今年まで持っていかないとみんな飽きる!